我的北斗七星

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橋本真也選手

今日の読売新聞夕刊に、私は非常に衝撃的な記事を見つけました。
プロレスラー、橋本真也選手がなくなられたという記事です。
救急車で病院に運ばれた時点ですでに心停止状態であり、死因は脳幹出血だったようです。

“破壊王”橋本真也選手は1965年7月3日生まれ、1984年に新日本プロレスで後藤達俊選手相手にデビューしました。その後IWGPヘビー級王座を三度、マサ斎藤選手、平田淳嗣選手とそれぞれIWGPタッグ王座を一度ずつ獲得するなど様々な王座を獲得。
2000年に新日本プロレスを離脱後、自身が代表となりプロレス団体「ZERO-ONE」を旗揚げしました。
その後、全日本プロレスにも参戦し三冠ヘビー級王者になるなどしました。
その一方、「ハッスル」ではハッスルキングのキャラクターでハッスル軍の中心人物として活躍をしていました。
しかし、すでに肩の負傷が限界に達していたこともあり、手術のための休場を発表。
その後、2004年11月に「ZERO-ONE」を活動停止させフリーとなり、12月には肩の手術を行い復帰へ向けての活動中でした。
また、“闘魂三銃士”として蝶野正洋選手、武藤敬司選手、橋本選手の三人が中心となって行う「闘魂三銃士興行」の計画もありました。

私が橋本選手の試合を見たのは二回だけです。二回とも全日本プロレスでの試合でした。
一度目は2003年12月5日武道館でのタッグマッチ。坂田亘選手と組んで川田利明選手、ケンドー・カシン選手と試合をし、坂田選手が川田選手の胴締め裸締めでタップをした試合でした。
二回目は2004年2月22日武道館での三冠ヘビー級選手権試合で川田選手に挑戦したときです。
特に印象に残っているのは三冠ヘビー級選手権試合での戦いです。川田選手に負傷している肩を集中的に攻撃され、ストレッチプラムで締められながらも決してギブアップせずに、セコンドによるタオル投入による無念のTKO負けとなりました。
この試合で決着しなかった川田選手との戦いの続きを是非見たいと思っていただけにとても残念です。

橋本真也選手のご冥福をお祈りします。
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  1. 2005/07/11(月) 18:14:47|
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